EXHIBITIONS
掛井五郎 「人間の問題」
会期: 2026年2月14日(土) – 3月14日(土)
会場: タカ・イシイギャラリー 京橋
タカ・イシイギャラリー 京橋は2月14日(土)から3月14日(土)まで、掛井五郎の個展「人間の問題」を開催いたします。掛井は立体作品を軸に、油彩、ドローイング、エッチングやリトグラフなど幅広いメディウムと技法で自由な制作を続けた作家ですが、日本の戦後の彫刻家としてもその名が知られています。当ギャラリー2度目の個展となる本展では、キャリア初期の1950年代から最晩年の2021年に至るまでに制作された立体作品31点を紹介し、その造形意識の変遷と、そこを貫く創作の姿勢へと視線を投げかけます。
19歳で東京藝術大学彫刻科へ入学し本格的に彫刻制作と向き合い始めた掛井は、アカデミックな技法には飽き足らず、次第に石膏の直づけによって大胆なデフォルメを加えた独自の人体表現を追求するようになります。その後『受胎告知』(1957年)や『処女マリア』(1958年)、『ヨブ』(1961年)、『使徒』(1962年)といった聖書からの主題による作品を多く発表しますが、それは聖書を解釈する手立てとしての意味があっただけでなく、人間存在の本質への思索を表現する行為でもありました。のちの作家人生を通じても彼は制作のモチーフを「人間」にこだわり、独自の具象表現に取り組み続けます。
1960年代末にはメキシコに滞在して教鞭をとり、現地の生活や文化などからさまざまな影響を受けて造形意識を変化させていきます。日本帰国後の掛井の作品には、西洋的理想美の規範から解放されるかのような人体表現や形態の単純化、キリスト教的主題から離れるといった変化が見られます。のち1970年代後半から80年代初期に制作された女性像『南アルプス』(1978年)や『安曇野』(1980年)では、ふたたび人物の顔のディテールがあらわれ、身体の量塊やボリュームの表現は実体感にあふれています。泰然と横たわる山脈、あるいはゆるやかに浮遊する雲のようにも見えるそれらの姿は、作家が着想源とした自然風景の豊かさやそこに流れる時間を思わせます。一方、対照的にそぎ落とされた量感表現と、手足を細長く引き伸ばした形態が特徴的な「人間の問題」シリーズは1984年から85年に制作されました。本展で展示される『空の橋』(1985年)はそのエスキースとしてつくられたもので、「私は夢を見た。人間が二本の足で立つことを止めて、四本の足で這って歩いている美しい人間の姿を見た。」という作家の言葉からは、彼の考える美のひとつの形がここに提示されていると考えられます。
晩年に取り組んだブリコラージュ的な作品群やトイレットペーパーの芯でできた紙彫刻の数々は、生涯尽きることのなかった創作のエネルギーと意欲を証明するかのように立ち並びます。本展では、多作をきわめた掛井の作品世界を垣間見ることができるでしょう。
掛井は1930年静岡県生まれ(2021年没)。19歳のときに木内克に師事し、彫刻家を志す。1953年東京藝術大学彫刻科卒業。1957年、第21回新制作協会展にて新作家賞を受賞し、以後団体を退会する2001年まで新制作協会を中心に活動。1962年には青山学院女子短期大学芸術学科の教授、1968年にはベラクルス大学(メキシコ)の客員教授に就任。
主な個展として、「企画展 掛井五郎の仕事」フェルケール博物館(静岡、2024年)、「掛井五郎」タカ・イシイギャラリー(東京、2023年)、「哀歌」東京アートミュージアム(2024年)、「掛井五郎・夏の森」大川美術館(群馬、2011年)、「北に東に」中原悌二郎記念旭川市彫刻美術館(北海道、1999 年)、「彫刻・掛井五郎の世界」現代彫刻センター(東京・大阪、1984 年)など。主なグループ展には、「STORIES:作品について学芸員(わたしたち)が知っていること」静岡県立美術館(静岡、2021年)、「現代日本彫刻作家展」東京都美術館(2008年)、「日本近代彫刻の一世紀:写真表現から立体造形へ」茨城県立近代美術館(茨城、1991年)のち徳島県立近代美術館(徳島、同年)に巡回、「彫刻の新世代展」東京国立近代美術館(東京、1963年)などがある。主な受賞は、第7回中原悌二郎賞優秀賞(1976年)、第7回現代日本彫刻展神戸須磨離宮公園賞(1977年)、第9回現代日本彫刻展東京国立近代美術館賞/神奈川県立近代美術館賞(1981年)、第2回高村光太郎大賞展優秀賞(1981年)、第23回中原悌二郎賞(1992年)など。



