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ケリス・ウィン・エヴァンス

会期: 2023年4月1日 – 29日
会場: 草月会館1F 草月プラザ 石庭「天国」(東京都港区赤坂7-2-21)
開場時間:10:00 – 17:00 / 定休日:毎週日曜日

特別協賛:ロエベ財団

タカ・イシイギャラリーは 4 月1 日(土)から29 日(土)まで、東京・赤坂の草月会館1F の石庭「天国」にて、英国人現代美術作家ケリス・ウィン・エヴァンスの個展を開催いたします。2018 年に同会場にて開催された個展の第二章と位置づけられる本展では、床面から天井に達する光の柱作品に加え、クリスタルガラス製のフルートが自動演奏される立体作品と、マルセル・プルーストの『失われた時を求めて』の日本語訳の一部を基にした大型ネオン作品を展示いたします。

我々の社会には物語や概念を他者に伝達する様々な手段が存在します。それらの中で特にエヴァンスが関心を寄せるのは、文学、映画、美術、天文、物理など幅広い分野における先人達の先駆的な試みです。具象を徹底して排することで物語の情景の生成を観客に委ねる「能」や、人間が外界を認識する方法を問う現象学、自然界に存在する全ての物質の最小構成要素を探る素粒子物理学などが挙げられるでしょう。

エヴァンスは舞台やテキスト、記号、イメージ、光、音などのこれら情報伝達手段を、コンテンツを運ぶ器と捉えています。そして和歌における「本歌取り」のように、コンテンツを別の器に移し替えることで、元の器では現れなかった美しさを召喚し、作品の背後にあるコンセプトを重層化させていきます。共感覚経験のように視覚、空間感覚、聴覚の垣根を越えて知覚されるエヴァンスの作品は、社会の慣習や教育という鋳型により形成された世界の輪郭から、深い知性と諧謔によって我々を解放します。

本展覧会では、イサム・ノグチ作の石庭「天国」に光の柱作品と松の木が配されます。ゆっくりと明滅を繰り返す光の柱は、石庭のタンブル(音色)を浮かび上がらせるテンポを生み、また能舞台に倣い石庭の適所に据えられた松の木は、その有機体としての存在から時間の「質感」を喚起します。石庭は作品を展示するための単なる場所ではなく、これらの作品を装置としたある種の舞台へと転換されます。

そしてこの舞台に加わるのが、37 本のクリスタルガラス製のフルートとコンプレッサーで構成される、自動演奏作品「Composition for 37 flutes」(2018 年)です。アルゴリズムに基づき自動でフルートに空気を送る本作品は、まるで静かに呼吸をするように和音、そして不協和音を奏でます。能において囃子方の笛の音は舞台に希有の緊張感をもたらし、能の霊的・神秘的な側面を象徴します。2018 年にヘップワース彫刻賞を受賞した同作品もまた、舞台と化した石庭「天国」における無形の舞台装置として機能するでしょう。

石庭の最上段には、吉川一義氏によるマルセル・プルースト『失われた時を求めて』第四篇「ソドムとゴモラ」(1921/22 年)の日本語訳*を基にした、大型ネオン作品「F=O=U=N=T=A=I=N」(2020 年)が配されます。ある器に収まっている物語を、形状や仕組みの異なる別の器に移し替える翻訳という行為には、器が重ならない余白が生じることが多々あります。この余白の中に原文にはない工夫を加えることで妙訳が生まれます。吉川氏がフランス語から日本語に翻訳したプルーストの傑作を、エヴァンスは更にネオンという発光物質に翻訳します。一部を門のように開いて解放し、鑑賞者を招き入れる物語の壁は、ひとたび電源を落とせば情報が質量を伴わないように一瞬で消え去ります。

* 出典:プルースト作/吉川一義訳『失われた時を求めて 8』(岩波文庫、2015 刊)pp. 136–138

以下に引用全文を掲載

噴水と同じほどに古い立木が何本もある立派な樹林に囲まれた空き地に、ぽつんと離れて植えられた観のある噴水は、遠くから見ると、すらりとして微動だにしない固体のように感じられ、そよ風に揺れるのは、はるかに軽く青白く震えて、羽根飾りのように垂れさがる先端だけかと思える。十八世紀は、このエレガントな輪郭をごく洗練されたものに仕上げはしたが、吹きあげの型を固定してその生命を止めてしまったように思われた。これだけ離れていると、それが水とは感じられず、むしろ芸術作品を前にしている印象を受ける。てっぺんにたえず湧きあがる湿った雲にしても、まるでヴェルサイユの宮殿のまわりに集まる雲のように、その時代の性格を維持しつづけている。ところが近くで見ると、古の宮殿の石材のようにあらかじめ引かれた図面を忠実に再現していながら、つねに新しく吹き上がる水は、建築家の昔の指示に従おうとしながら、それに背くように見えることでしかその指示を正確に実現することはできない。飛び散る無数の飛沫だけが、遠くから見てひたすら一挙に吹きあげている印象を与えるからである。一挙に吹きあげるといっても実際には、散乱して落下するのと同様に頻繁に中断しているのだが、遠くの私には、曲げることもかなわぬ緻密な隙間のないものが連続しているかに見えるのだ。一本の線に見えるこの連続した水は、少し近寄ると、吹きあげのどの高さにおいても、砕けそうになると、その横に並行して吹きあげる水があらたに戦列に加わることによって保持されていることがわかる。この並行する吹きあげは、最初の吹きあげよりも高くあがるが、さらなる高みがすでにこの第二の吹きあげにとって重荷になると、こんどはそれが第三の吹きあげへと引き継がれる。もっとそばで観察すると、力を失った水滴の群れは、水柱から落ちてくる途中で、上昇してくる水滴とすれ違い、ときにはぶつかって砕け散り、たえまなく吹きあげる水にかき乱された空気の渦のなかに巻き込まれて宙を舞ったあと、水盤のなかに崩れ落ちる。これらの水滴は、まっすぐに張りつめた水柱にたいして、ためらいがちに逆方向へ落ちてゆくことで水柱の邪魔をするとともに、おだやかな蒸気となって水柱をぼかしている。水柱はそのてっぺんに、無数の小さな水滴からなる細長い雲をいただき、変わることのない金褐色で描かれたかに見えるその雲は、全体としては壊れず動かずにいるが、そのじつ急速に上へと伸びあがって、空の雲の仲間となる。

エヴァンスはこれまで、アスペン美術館(2021 年)、ポーラ美術館(神奈川、2020 年)、ピレリ・ハンガービコッカ(ミラノ、2019 年)、タマヨ美術館(メキシコ・シティ、2018 年)、テート・ブリテン・コミッション(ロンドン、2017 年)、Museum Haus Konstruktiv(チューリッヒ、2017 年)、サーペンタイン・サックラー・ギャラリー(ロンドン、2014 年)、バラガン邸(メキシコ・シティ、2010 年)、カスティーリャ・イ・レオン現代美術館(2008 年)、パリ市立近代美術館(2006 年)などで個展を開催。主なグループ展として、ミュンスター彫刻プロジェクト(2017 年)、ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展(2017 年、2003年)、愛知トリエンナーレ(名古屋、2010 年)、「万華鏡の視覚:ティッセン・ボルネミッッサ現代美術財団コレクションより」森美術館(東京、2009 年)、横浜トリエンナーレ(2008 年)などに参加。

本展覧会は、ロエベ財団の特別協賛、ルイナール(MHD モエ ヘネシー ディアジオ)と草月会の協力により開催されます。

Sponsored by the LOEWE FOUNDATION Supported by Ruinart (MHD Moët Hennessy Diageo) Supported by the Sogetsu Foundation

同時開催:
ケリス・ウィン・エヴァンス 個展
会期: 2023 年4 月1 日(土)– 28 日(金)
会場: タカ・イシイギャラリー(complex665)

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