EXHIBITIONS

山本悍右

会期:2017年3月23日(木) – 4月29日(土)
会場:タカ・イシイギャラリー ニューヨーク
オープニング・レセプション:3月31日(金)18:00-20:00

タカ・イシイギャラリー ニューヨークは、3 月 23 日(木)から4 月 29 日(土)まで、山本悍右個展を開催いたします。山本は、1930年代初頭から1980年代に渡って、鋭い社会批評の眼と独自の詩的な感性で前衛的な写真表現を探求し、日本におけるシュルレアリスム写真の先駆者として優れた作品を残しました。脱日常的に配されたオブジェの撮影や素材細部の接写、コラージュやフォトモンタージュなど、その手法は多岐に渡り、1950年代以降には演劇的な連続写真や立体・絵画作品も手がけています。2017年1月にタカ・イシイギャラリー フォトグラフィー/フィルムで開催した個展に続き、タカ・イシイギャラリー ニューヨークで2度目の個展となる本展では、活動の最初期にあたる1930年代から1950年代後半に制作された写真作品を展示いたします。

ダダイスムやバウハウス、新即物主義やシュルレアリスムなど西洋の芸術思想・芸術運動の動向が日本に紹介され、その影響のもとに各芸術分野で前衛的な活動が興る中、1930年より詩作を始めた山本は、日本におけるシュルレア リスムの理論的指導者であった山中散生らの発行する詩誌『CINÉ』などを通じ、モダニズム芸術への関心を深めました。山本が「シュルレアリスムの写真における実践」を目指し写真制作を始めたのは翌 31 年、新興写真の名のもとに日本における近代的写真表現が成立したのと同時期のことであり、同年、小此木光也らと共に写真集団「獨立寫眞研究會」の創設に携わった若き山本は、新しい写真表現の模索を本格的に開始しました。

ピクトリアルなイメージを排し、写真特有の機械の眼を生かした表現を志向した新興写真は、30年代後半には現実を直視し社会的な表現を追求した「報道写真」とアヴァンギャルドな写真表現を追求した「前衛写真」へと分化します。戦争へ向かう気運の中でプロパガンダ・メディアとして国策へ取り込まれていった前者に対し、後者においては、1937 年に瀧口修造と山中散生によって招来された「海外超現実主義作品展」をきっかけとして、各地でシュルレアリスムを標榜する前衛写真グループが結成され、活発な活動が展開されました。機関誌『獨立』の創刊(1931年)や「ナゴヤ・フォトアバンガルド」の結成(1939 年)など、名古屋が東京・大阪に次ぐ前衛芸術の拠点となる過程において、時代意思の変革を希求し詩的なイメージの写真への定着を試みた山本の制作は、重要な役割を担っていたと言えます。西欧のシュルレアリストの図像学と日本的なモチーフや関心を備えた作品群は、単なる西欧の芸術運動の模倣や翻訳とは一線を画しており、随所に先鋭な美的感覚と卓越した空間構成技術が見て取れます。写真コラージュ作品の「題不詳」(1938年頃)は、日本の日常的な風景をモチーフにしながらも、空間構成技術とオブジェの配置による脱日常性の表現とコラージュテクニックを合わせた好例だと言えます。また「題不詳」(1930年代後半)にもその構成力が発揮され、被写体の意義を超えた山本の実験精神をみることができます。

やがて戦況の緊迫によって前衛写真運動が瓦解し、また自身も警察の検閲に晒されながらもなお、山本の活動態度は変わることなく、戦後も後藤敬一郎、高田皆義、服部義文と 1947年に前衛写真家集団「VIVI」を結成、30年代末より参加していた『VOU』誌においても詩人・写真家として発表を行うなど、いち早く活動を再開しました。「優しい回歸」(1949)、「作品」(1954)には山本が戦前から継続して取り組んだ構成技術の発展がみられます。1940年末から1980年代にかけて、山本は実験的なカラー写真、フォトグラム、連続写真や立体作品など多くの作品を制作し、その内容はより独創的で複雑なものへと変化していきました。「夕暮れの曲線」(1955)、「作品」(1956)や「作品」(1958)は、山本の詩的なビジョンが複雑化しながら強度を増した作品と言えます。しかしながら、土門拳や木村伊兵衛らを中心とした戦後のリアリズム写真の台頭とその後の展開により、山本らの前衛写真表現は日本の写真史において周縁的な位置に留まることとなりました。晩年に至るまでの精力的な活動にもかかわらず、山本による刊行書籍は 1970 年に上梓した 1 冊を数えるのみであり、長らくその作品群は見過ごされてきたものの、2000 年代以降国内外にて再評価の試みがなされ、今日その豊かな作品世界への注目が高まっています。

2017年1月にタカ・イシイギャラリー フォトグラフィー/フィルムでの個展に合わせて刊行した山本悍右展カタログに加え、日本芸術写真協会より刊行される山本悍右写真集『Kansuke Yamamoto』をご紹介いたします。

【出版物】
山本悍右 『Kansuke Yamamoto』
販売価格:¥3, 600(税抜)、タカ・イシイギャラリー 刊(2017年)
ソフト・カバー、48頁、掲載図版27点、H23 x W18 cm、0.16 kg
金子隆一によるテキストを収録(英語、日本語)

山本悍右 『Kansuke Yamamoto』
販売価格:TBA、日本芸術写真協会刊(2017年4月中旬出版予定)
ソフト・カバー、掲載図版64点
山本悍右によるテキストを収録(英語、日本語)

山本悍右は 1914年愛知県生まれ (1987年没)。明治大学仏文科を中退、1930年から詩作を始める。1931 年、「シュルレアリスムの写真における実践」を目指し写真制作を始め、同年、小此木光也らと共に写真集団「獨立寫眞研究會」 を名古屋にて結成、新しい写真表現の模索を行う。1937年開催の「海外超現実主義作品展」に触発され、翌年、シュルレアリスム詩誌『夜の噴水』を発行 (警察の検閲により 1939年第 4号にて終刊)。また1938年には、吉武源雄らと写真グループ「青憧社」を結成、機関誌『CARNET BLEU』を刊行する。山中散生、下郷羊雄が中心となって結成された「ナゴヤアバンガルド倶楽部」の写真部会が独立する形で 1939 年に結成された「ナゴヤ・フォトアバンガルド」に参加するも、1940年に同会を離れる (同会は「名古屋写真文化協会」と改称した後、1941年に解散)。北園克衛が主宰する前衛詩人グループ「VOU」の同人となり、1978 年の解散まで『VOU』誌上で詩や作品を発表。1947、後藤敬一郎、 高田皆義、服部義文と前衛写真家集団「VIVI」を結成。1949年には「美術文化協会」の写真部会員となる。1970年に 『バタフライ』を刊行。主な個展に「シュルレアリスト山本悍右」東京ステーションギャラリー (2001 年) など。主な国際展に「Japan’s Modern Divide: The Photographs of Hiroshi Hamaya and Kansuke Yamamoto」The J. Paul Getty Museum (ロサンゼルス、2013年) など。主な作品収蔵先に名古屋市美術館、東京都写真美術館、Santa Barbara Museum of Art、The J. Paul Getty Museum など。

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