EXHIBITIONS

奈良原一高 「静止した時間」

会期: 2015年6月27日(土) – 8月8日(土)
会場: タカ・イシイギャラリー フォトグラフィー/フィルム
オープニング・レセプション: 2015年6月27日(土) 18:00 – 20:00

タカ・イシイギャラリー フォトグラフィー/フィルムは、6月27日(土)から8月8日(土)まで、奈良原一高個展「静止した時間」を開催いたします。本展では、自らの表現手法を「パーソナル・ドキュメント」と位置づけ、独自の巨視的な視点で日本写真史における新時代を切り開いた奈良原が、1962年から3年間ヨーロッパに滞在し撮影した作品群から編んだ処女写真集『ヨーロッパ・静止した時間』(1967年)に収録されている作品約15点を展示いたします。

1962年8月、奈良原はモード誌の依頼をきっかけに当初3ヶ月の予定でパリに向かいます。天啓にも似た導きで1956年に個展「人間の土地」で鮮烈なデビューを果たし、図らずも「写真家」となって以来、多忙な日々を送っていた奈良原にとって、ヨーロッパはこれまでの環境を離れもうひとつの世界を覗きたいという私的な想いを叶え、自らの思索に時間を費やす場となりました。

リュクサンブール公園の黄ばんで重く垂れたマロニエの並木路を恋人たちはだまって歩いていた。20代のあとを30代の男と女が……、30代のあとを50代の2人がと……その姿は老年にいたるまで、まるでひとつの相似形の流れを見るように腕組みかわしたまま、ぼくの眼の前に現われては消えていった。ぼくはわずか10分間のあいだに人間の一生の姿を見せられている思いがした。そして彼等が通り過ぎた、その後に来る死の時間を想った。(中略)たち現われては消えてゆく彼らの歩みは、一枚一枚の写真が近づいて来るみたいに、彼等はあまりにも遠い時間の吹き抜ける瞬間に落ちこんでしまっているようだった。僕はこのようなよみがえるべき大きな時間の一点を<静止した時間>と呼んだ。それは果てしない予感に迫られた時間とでもいえようか、そこには悲しみといったような感情も、孤独といった言葉もふさわしくなかった。

奈良原一高「手のなかの空」『ヨーロッパ・静止した時間』鹿島出版会、1967年、pp.186-187

極めて人工的に完結した世界と歴史の堆積を映した建造物、そこで営まれる生活……日本の感性とは異なる様式で形作られた空間に身をおき、ひとつの存在としての死とそこにある時間を強く意識しながら、奈良原は当初半年近くただ各国を見て廻ることに終始しました。やがてヨーロッパでの生活が自身の内部でのヨーロッパ像と同化するにつれ、その眼と関心は内から外に向かいます。愛車サンビーム・アルバインで4万7千キロを駆け抜け、ヨーロッパを縁取るかのように私的なヨーロッパとの出会いの瞬間を写真に収めました。その成果はまず1964年『アサヒカメラ』に「ヨーロッパ64年」と題して掲載、『カメラ毎日』に「静止した時間」として発表されました。その後、詩集を編むように編集された作品群は、1967年に『ヨーロッパ・静止した時間』として刊行され、写真集は日本写真批評家協会作家賞、芸術選奨文部大臣賞、毎日芸術賞を受賞しました。

「ヨーロッパについての私語」と自ら評したこの処女写真集の制作は、奈良原に「あらためて手のなかの空を覗く」心持を与え、その作品世界において重要な位置を占める一方、「静止した時間」のみで構成された写真展はこれまで1975年に写大ギャラリーで開催された個展を数えるのみです。今回の展覧会を通じて、写真家・奈良原一高の軌跡の一端を是非ご高覧下さい。

1931年に福岡県に生まれた奈良原は、判事であった父親の転勤に伴い国内各地で青春期を過ごしました。1946年に写真の撮影を始める傍ら、芸術や文学などにも関心を寄せ、1954年に中央大学法学部を卒業後、早稲田大学大学院芸術(美術史)専攻修士課程に入学、1955年には池田満寿夫、靉嘔ら新鋭画家のグループ「実在者」に参加しました。池田龍雄や河原温といった芸術家や瀧口修造らとも交流を深めると同時に、東松照明、細江英公らとも知り合い、1959年には彼らとともにセルフ・エージェンシー「VIVO」を設立(1961年解散)。その後も、パリ(1962-65年)、ニューヨーク(1970-74年)と拠点を移しながら世界各地を取材し、多数の展覧会を開催。写真集も数多く出版し、国際的にも高い評価を受けています。主な個展に「人間の土地」松屋ギャラリー(東京、1956年)、「Ikko Narahara」ヨーロッパ写真美術館(パリ、2002-2003年)、「時空の鏡:シンクロニシティ」東京都写真美術館(2004年)、「王国」東京国立近代美術館(2014-2015年)など。主な受賞に日本写真批評家協会新人賞(1958年)、芸術選奨文部科学大臣賞(1968年)、毎日芸術賞(1968年)、日本写真協会年度賞(1986年)、紫綬褒章(1996年)など。

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